審査を終えて
審査委員からのメッセージ
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第18回キッズデザイン賞の審査を終えて、思いを寄せていただきました。
審査委員長
益田 文和
すでに18回を数えている本賞だが、小さな問題解決の提案が増えており、ちょっとした困り事や育児のサポートのような作品が多かった。それも大事ではあるが、より未来に対する提案、子どもたちが育っていくこれから社会に対して積極的な提案があるようなダイナミックなものが出て来て欲しいと感じた。子どもが新しい遊びを発見したり、農業の世界に飛び込んでいったり、自然と一緒に暮らしたり、といった価値観の転換のような事例は多くあるはずだ。
プロダクト分野になると身近に買えるものが増えてしまい、新しい行為をサポートする道具が見当たらない。
子どものコミュニケーション・ツールや子ども自身が考えて作り出してきた仕掛けのような、今ある視点がもう一段階、上がるような作品を待っている。
副審査委員長
赤池 学
本年で18回を数えたキッズデザイン賞は、新たな社会シーンを踏まえた多様な提案があり、そのどれもが子ども・子育てに関する課題を真摯にとらえ、その解決を試みる力強い作品であった。
社会的な弱者としての子どもを守るデザインから、子どもの自発的・自律的な行動や発想を促すデザインへと進化を遂げてきたキッズデザインは、現在では子どもが主役の社会づくりを、子ども自身がプレイヤーとなり、コミュニティ、産業界、自治体、国とともに作り上げていくためのデザインへと昇華していることを改めて感じさせられた。
今後もこうした傾向は拡大していくであろうし、過去にはなかった、"アクティブ・キッズ"との、新しいバリューチェーンやステークホルダーの参画が台頭してくることを期待したい。
持丸 正明
調査・研究分野にも時代を反映した様々なトレンドが見て取れるが、全体としてデータを取って、その質や量がしっかりしたテーマが増えてきたと思っている。分析も研究としてしっかりしたものになっており、そこから得られた知見を活かしながら、どれぐらいの限界でこの得られた知識が正しいと言えるかを考えるとよいだろう。
さらに、その知見をどのように発信し、どう役立てるのかまでも考えたい。
日々、研究に従事する皆さんが、学会ではないアワードというチャネルに応募いただいたことに感謝するとともに、今後はその普及についても一緒に考えていくことで、調査・研究分野の存在意義が明らかになると考えている。
山中 龍宏
時代の流れに呼応して、インクルーシブな領域の作品が増えた。
絶対数としては決して多くなく需要も少ない分野に、あえて企業が製品開発に取り組んでいることは好感が持てる。
ニュースでは同じような子どもの事故が起こり続けている。例えば、高所からの転落、溺れなども相変わらず発生している。子どもが着衣しやすいライフジャケットの開発や、後付け可能で子どもには開けられない開口部の工夫など、課題解決の種はニュースでいくらでも報道されており、ニーズは目の前に転がっているはずである。
産業界には、子どもの安全が脅かされている事例を取り上げ、その解決に取り組んで欲しいと切に願う。
審査委員
赤松 幹之
今年は調査・研究分野として、キッズデザインの考え方が普及し、知見も蓄積されてきた結果が表れたと思う。
全体的にしっかりデータを取っている作品が多かったことは素晴らしい。子どもを取り巻く問題はデータ収集が比較的困難であり、親にヒアリングしたり、本人の行動観察をしたりする場合でも、バイアスがかかりやすい傾向がある。
その状態にあることを意識して、結果を解釈していただきたいと思う。データをしっかりととることで、データの限界もわかってくる。そのためには多角的なアプローチも必要になるだろう。
今後もこうした作品が増えることを期待したい。
五十嵐 久枝
今年は既存の製品がクオリティアップされたものが印象に残っている。
それは使いやすさの向上や日本らしい細やかな気遣いが加わりとても良い傾向であると思っています。
忙しい合間にもプロダクトを通して楽しみや丁寧であることに気持ちが少しアップされるなんて素敵なことだと思いますし、家庭用ロボットもでてきていますが、子育ての協力者として期待しています。役立つ情報を共有し支え合う関係を増殖することを考えていきましょう。
大月 ヒロ子
子どもに寄り添いつつも、新たなキッズデザインのあり方を探るような、もっと実験的姿勢が見えても良いのではないかと思う。
大人の持つスキルを、そのまま子ども向けにアレンジ・導入するデザインではなく、次世代のための新たなデザインをゼロベースから生み出すような革新的な応募作品が増えていくことを期待したい。
岡﨑 章
デザインは問題解決の行為であり、それにはエビデンスがないと信頼性・再現性がありません。したがって、応募される皆さんには、その必要性を改めて強調したいのです。
一方で、アートとデザインの境界、例えば難しい社会問題だからこそ、あえてこの顔の絵が良い、ということもあるわけです。これは数値化が難しい領域ではあるけれど、重視すべきところです。
さらに私の研究テーマでもある感性デザイン、つまり感性をより良い方向に導くためのデザインの提案がもっと出て来て欲しいと思っています。泣いている人を笑わせることはできなくても、悲しみを軽減するためのデザインは重要なはずです。そうした子どもに対する感性デザインの登場に期待したいのです。
定行 まり子
戸建て住宅の提案はコロナ禍の際に様々な提案が出ており、それがより洗練された形になった。
空間的な動線、空気環境を考えた衛生面での動線、家事動線、さらには自宅で働くという要素が入り込んだ現在、子育てと合わせて空間をいかに使うかの新たな試みもあった。
特に、平面的な空間プランニングに留まらず、垂直方向の立体的空間の作り方にも面白い提案が出てきた。
さらには、屋内と屋外との連結、中間領域や縁側的要素にもユニークなものがあった。集合分譲住宅では、戸数が増えると画一的になりやすい傾向があるが、家の集合のあり方と屋外空間の作り方に力を入れた事例も多かった。一方で、方向性がちょっと内向きになりつつある点は気になった。
子どもの遊び空間としても、コミュニティ空間としてもさらに多様で、人々が関わる仕組みを併せ持つ提案があるとよいと感じた。
竹内 昌義
審査をするなかで、子どもならではのスケール感があると思い、それがどう意識されているのかを深く興味を持って見ていた。
子どもは目線が低いので、そこから何を見ているのかを考えることが大切だ。建築の場合、外部と内部の繋がりや子どもの活動範囲をどう定義づけるかも重要で、それが限定的であると広がりもなくなってしまうという点が気になった。子どものための空間は、いわゆる可愛く・楽しくすればよいということでもない。
そこは社会においても共有すべき価値化が必要だと思う。大人の視点と子どもの目線のバランスを巧みに活かした作品は評価されたと考えている。
竹村 真一
一つ目は、自社の立場・実践に留まらずに、骨太な社会の本質的課題に踏み込む努力をして欲しいということ。時代の変化の中で自分自身も変革しなければならないことを意識しながら、親子をセンサーにしたり市民をナビゲーターにしたりすれば、次のアクションやまだ見ぬ潜在ニーズに気づくきっかけになると思う。そここそ、キッズデザインに新たなエッジが立つ領域だと思う。
二つ目は大人自身がもっと勉強しなければならないということ。子どもたちは今は想像できないような世界に生きていくわけで、大人自身が子どもの水準に成長することが重要だし、それがないと子どもを育てることにつながらない。
三つ目は人間とAIの関係である。AIは人間にとってパートナーか、ライバルかといった議論はあるが、AIで引き出せる情報のリソースは人間に由来する。人間が痩せ細っていくとAIも痩せ細っていくという本質が見えていない。
人間にとってAIはどんな存在かという問いから、AIにとって人間はどんな存在であって欲しいか、IT関連産業はこうした問いをもっと立てて考えていただきたい。
中村 俊介
アプリ・コンテンツ系の作品は増加している一方で、同時に目新しさは感じられなくなったように思う。
想いがこもった作品だから応募したいという気持ちはわかるが、単に「便利になりました」から、さらにステージを一つ、二つ上げていくためのデザインに期待したい。
また、もう一歩踏み込んで考えることを意識して欲しい。楽しく学ぶためにゲームにする、といった安易さが散見された。
今までないものを作ろうと思えば、その作品で誰がどのような体験を得られるかを深く考える必要がある。それを手にした子どもがどういう気持ちになるか、を常に念頭に置いてデザインすることが重要である。
西田 佳史
今年はダイバーシティ、インクルーシブな発想に根付いた作品が増えており、最近ではエクイティと呼ばれるように、個人の多様なニーズに合わせた公平性に取り組んでいこうという世界的な潮流ともマッチしており良い傾向だったと思う。
一方で、安全・安心の部門はやや物足りない結果となった。子どもの重症事故は大きく減少しておらず、安全対策はキッズデザイン賞の本質の一つでもあるので、もう少し充実するとよいと感じた。
同様にDXやIT系の作品もまだまだ少ない。子どもの安全や子育て支援の領域でもITが活躍できるフィールドは多くある。
こうした領域での新たな提案に期待したいところである。
橋田 規子
プロダクトデザインや住宅設備分野についてコメントすると、プロダクトとサービスが一体化した製品や提案が目を引いた審査であった。
例えば、ミネラル水が供給されるキッチン水栓の事例などは、水が子どもの体を作っていく大切な要素であることを意識し、子どもの健康を保つために良い試みであり、そこにプロダクトとサービスが一体化している点に新規性がある。
また、物流問題が話題になるなかで、宅配と荷受けに関する課題に子どもの視点を入れ込んだ作品なども良い提案であった。
また子どもや子育て中の女性の力でも扱いやすいサッシの工夫や商業施設で利用されるショッピングカートの改良など、細部への工夫がある点が印象に残った。量産住宅については、様々な仕掛けや空間の提案が、実際にどう使われているのかを検証する必要性を感じた。それが次の製品開発につながるはずだ。
深田 昭三
これを子どもに与えたいという大人側からの発想ではなく、大人も子どもも幸せが広がるような発想の作品が高い評価を得たと思う。
とりわけ、子どもや家族の切実なニーズがあり、それに対応策を提示した作品が素晴らしかった。何とかしなければならない、という思いが作品の説得力を生み出していた。また、作品を通じて得た知識と、その知識を活かせる現実世界とが結びつけられている作品も優れていると感じられた。
保育のサポートに関する作品では、保育の現場に足を運び、保育士や家庭の生の声を活かしてブラッシュアップをすることで、より優れた作品になると感じられた。
宮城 俊作
建築・空間のカテゴリのみで捉えきれない作品が年々増えており、審査も難しくなっているというのが率直な感想である。AIの普及によって、今後、他の領域やカテゴリとさらに業際になっていくことが想定される。
デザインは統合的なアプローチであることが求められるので、建築においても、意匠や機能、社会的背景、完成までのプロセス、そしてその使われ方など、組み合わせてのアピールが必要になっている。個別評価を超えて、さらに高い次元の評価尺度が必要になっており、逆を言えばそこで評価されたものは、高い社会的認知を得られるはずである。
その期待感と難しさが交錯した今年の審査であった。建築・空間は人間の身体性に関わる部分にダイレクトに訴求するものである。
メディアが発達する一方で、人間の中の物質性をきちんと意識することが重要になるだろう。
森本 千絵
大人の視点で子どもたちに知って欲しい、いう感覚で実践しているアプローチよりも、子ども自身の視点で、小さなことでもよいので、自発性や想像力を伸ばしていけるようなアプローチに好感が持てた。
今後もこうした形で子ども自身が動き出すことで世の中が変わっていく、そうした覚悟と信頼を持って子どもに向き合っている作品が期待も込めて評価されたと思う。
今後もそうした作品が増えることを願っている。
山中 敏正
今年は難しい審査だった。多様性をどう捉えるかという観点はキッズデザインの中でも今後もっと問われてくるだろう。
子どもの中にも様々な子どもがいて、その環境は家族としての親や家庭から様々な立場の人や情報との関係で成り立っていて、それら多様な関わりの中で子どもの世界を考えないとキッズデザインは成り立たない。安易なエビデンスでそれを実現したという作品は本賞では評価すべきではない。
一方でコロナ禍や国際間紛争で社会経済が変わっており、ユニバーサルデザインへの投資や取組が弱くなっていると感じる。ユニバーサルデザインは世界的にすでにデザインの基本として浸透したと思われているかもしれないが、子どもの視点でみるとまだ課題の山だと感じている。
この分野でも新しい課題を創出して、それを解決するデザインの登場に期待したい。
渡 和由
建築・空間分野では建物だけでなく、周囲の環境、空間も重要な要素である。
窓の外の空の向こうにある宇宙の景色までも、子どもは想像するだろう。クリエイティビティを喚起するものやイマジネーションが養われるもの、今年の審査の作品にはそれを感じさせるものがあり、それが良いと思った。人の場づくりにとって重要な要素は身体性である。
これは運動能力を上げたり、動き回りたくなったりする空間デザインにも現れる。
また、心が感喜する流動的な場やシーンに表れる。これらがどう育つかを見てみたい。さらに建築・空間分野で言えば、風土的要素、地域性、日本という意識も必要。
これらを体験させてくれるデザインを待ち望んでいる。